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O157

私が、1999年にはじめて堺市議会議員に立候補する直接のきっかけとなったのは、1996年に堺市で発生したO157食中毒事件でした。そのO157集団学童下痢症の碑「永遠に」の竣工式に参列しました。
給食という「選択できない」食事で感染したこと、事前に岡山の邑久町で発生していた状況を国が注意喚起していたこと、当時食品を保管するための冷蔵庫がなかったこと、原因究明が困難だったこと、、、さまざまな要因で「子どもたちが感染して苦しみ」「いのちをうしなった」こと。
それぞれの現場が、マジメにやるだけでは十分でない。それを思い知りました。
わたしの、政治家としての原点のひとつ。忘れません。
あらためて、ご冥福をお祈りします。